中央アメリカ



中米諸国は日本ではひとまとめで捕らえられがちだが,国によって文化・政治・経済状況は全く異なる。メキシコの

南東に位置する英領べリース(ベリーセ),南に位置するグァテマラ,ホンジュラス(オンドゥラス)・エルサルバドル・

ニカラグア・コスタリカ・パナマを経て,南米大陸につながる。これらの国々を北から南へと縦断するトランスパン

ナム(パンアメリカン道路)は,パナマ狭地でジャングルと険しい地形に阻まれ,一度途絶えた後,再び南米のコ

ロンビア北部から大陸南端を目指す。





エル・サルバドル






グァテマラの国境を越える。当時中米一体は,

戦乱こそ収まっていたものの,政情不安な状

態が続いていた。国によってその差こそあれ

治安は悪い。












エル・サルバドルはかなり危険だとグアテマラ

では聞いていたが,実態はそうではなく,のど

かな風景が広がっていた。山岳部の道路は

危険だと聞いていたので,海岸線を行く。

確かに国境近くの建物には銃撃の跡が生々

しく残っている。



サルバドルとは「救世主」という意味であり,首都はサン・サルバドルだ。非常に小さく,道路をイグアナがのそのそ

と歩いているような温暖な気候の国だ。なぜ戦争ばかりやっているのか不思議だ。








アカフトラという町は知る人ぞ知る港町だ。

日中は暑い日ざしを避け,ゆっくりとしよう。













街のレストランには「チカ・ボニータ(かわい

こちゃん)」が食事をしていた。中南米の「レ

ストラン」とはこういった質素な店だ。















太陽が太平洋に沈み西の空に消えていく。星空に変わるまで

ゆっくりと流れる時間とともに海岸に座り込む。





















ホンジュラス











コパンはホンジュラスで最も有名なマヤの遺跡だ。






















今回の旅では中南米を往復する訳だが,

遺跡は復路でゆっくりと廻ることにしよう。
















レストランのおばちゃん達だ。みんなおおらかだ。

チョルテカという南部の町で一夜を過ごし,通過

する。








ニカラグア




北東部にはジャングル地帯が広がり,南西部

には大きな湖がある美しい国だ。第二次大戦

の頃「ソモサ大統領」による独裁政治国家と

なり,79年の「サンディニスタ革命」により

ソモサ政権は倒れ,社会主義国家としてまれ

変わった。



旅をしていた当時は成果を伴う社会主義の実

戦に国は勢い付いていた。同時に,それに対する反勢力である民主化グループの「コントラ」との内戦が激化していっ

た。ここでもアメリカが内戦を煽ったのだ。道路検問では,社会主義の理想に燃え,意気上がる若き兵士達に取り囲

まれた。たまたま隣国の新聞で読んだ記事にあったコントラの名前を地図に書き込んであったのだが,目ざとくそれ

を発見した一兵士が,銃口を向けてそれについて声を荒げてまくし立てる。やがてそれに気付いた上官が静かに話し

かけ,報道関係者かと尋ねるのでただの通りすがりだとい言いながらパスポートを見せた。「へぇ〜,中南米を旅して

いるのか。いいな。どこまで行くんだ」と話しながら,納得した様子で「コントラというのは今の政府には反動勢力だから,

こんなメモはもっているとややこしいことになるから早くすてておけ」とやさしくつぶやいた。その後,意気上がる若兵士

は自分達の理想を切説を俺に話したが,そういう難しい話はスペイン語ではわからない。困った顔で荷物を積みなお

していると,上官がもういいから持ち場へ戻れと追い返してくれた。グアテマラの時と同じで,人の上に立つには人徳が

必要なのだとまた思った。



幹線道路の道端には至るところに武装した兵士

が多々みられ,まさに戦時下の様相を呈してい

た。尤も,貧乏な国の内戦であるので銃撃戦な

どの戦闘行為が絶え間なく続くことはなかったが,

国境付近や周辺部に居たときには何度か銃声

を聞いた。しかしながら,首都であるマナグア辺

りまで行くと雰囲気は一変し,平穏な空気が満ち

ている。それでも店先には品物はなく,市民は貧

困な生活を強いられていた。アメリカの経済制裁によるものだった。美しい国土に人の血が染み込 んでいく。街路に

植えられた木々に咲く花の色が赤いのはそのせいなのだろうか。アメリカの参入により約10年の内乱を強いられた

あと,90年には民主国家として生まれ変わることになる。アメリカの掲げる帝国主義を根底とする資本民主主義は

本当に社会主義より秀越した正義の理念なのであろうか。








マナグアでは「どうしてこんな国来たんだ」と宿

の主人が話しかけて来た。戦闘こそないものの,

疲弊しきったその表情に戦争のなんたるかを垣間

見た気がした。












コスタ・リカ




中南米には色々な意味で素晴らしい国々が

多いが,コスタリカは最も美しい国かも知れ

ない。背景には安定した政治のお陰で治安

はかなりよい。












第二次大戦直後に既に常備軍放棄を憲法で

謳う極めて高い理念を持つ国であることを知

らない日本人が多いかも知れない。その徹底

振りは日本などの比ではない。国民投票で軍

備放棄を決定する際に「交戦するなら死を選

ぶ」との選択項目があったと聞く。「平和憲法」

を謳っている国民としては恥ずかしい。








コスタリカとは「富める海岸」という意味だ。国土は

狭いが,標高3000メートル以上の高山地帯から

熱帯の海岸まで広い気候分布を経験出来る。













山間部を走る道路は標高が高く相当寒い。

雲海を下に見ながらスイスのような風景

の中を走る。幹線道路をそれ,ジャングル

に続く道に入ると水を求めて乱舞する蝶の

羽が日差しを照り返す。











国立公園も多く,今では世界遺産に指定され

ている地もあり,昆虫のような小動物や植物

の豊かなまさに富める国だ。










高地に位置する首都サン・ホセで宿をとる。隣

のニカラグアとは全く異なる社会情勢に世界の

広さを見る。サン・ホセから半日高地を走り,熱

帯の海岸へ戻る。国民性の豊かさは「5コロン」

紙幣のデザインでわかる。残念ながら写真はな

い。






パナマ





パナマと言えば運河を思いつく。社会科で習った

パナマ運河だ。パナマはアメリカの飛び地のよう

な国で,通過自体が米ドルである。コインのみ自

国のものもあり,米コインも共通で使える。首都

のパナマシティは雑然とした町で,路線バスは内

外にカラフルの絵が描かれ,車内には運転手の好

みのサルサを初めとするカリビアン音楽が大音量

で流されている。メキシコ以上にラテンな国だ。


パンナムハイウェイはここで一旦途切れる。ここからはバナナボートを見つけてバイク共々南米大陸に渡るか,空路しか

ない。バナナボートは不定期で,その上便乗させてもらうということになるので,税関や入出国の手続きが面倒なので止

める。結局,SAMエアーというちょっと頼りなげなカーゴ便でバイクを送り,別の飛行機で後を追った。





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