v Salmson 2A2I
● サルムソン 2A2(1作) Salmson 2A2 ●
実機について
Georges Canton と Georges Unneによって1910年から開発されていた固定式ラジアルエンジンを搭載した機体で,仏国のEmile Salmsonがサルムソン社が1914年から設計が始めた機体だ。

サルムソン社では,その前身である単発エンジン・双プロペラのSM1(1916年11月完成)を開発していたが,ちなみにSMシリーズは双発・3プロペラのSM2が1918年に完成している。SM1の製造と平行して,サルムソン社はソッピース・ストラッター1-1/2を「ソッピース1-A2」という名称でライセンス製造していた。

1917年に入ると,サルムソンは自社オリジナルのA型のプロトタイプを製造したが,軍に受けが悪く,直ちに自社の新エンジンである260馬力の9zを登用し,同年4月には,2−A2のプロトタイプが試験飛行に成功した。この機体は自社で2200機,CGO(Campagnie General Omnibus),Hanriot(アンリオ),Latecoere(ラテコエル)社などによって1000機が製造された。また,日本でも,1920年から1927年の間に東京砲兵造工廠と川崎造船がライセンス・非ライセンスを含め「乙式1型偵察機」として600機ほどを製造している

この機体は第1次大戦に於いて,歴史的に重要な機体と言える。仏国国内では制式採用された1917年の10月から実戦配備が始まり,米国派遣軍も700機ほどを購入している。1次大戦終戦後は,チェコやポーランド,日本でも使用されている。日本にとっても航空機導入の重要な時期に登場した機体である。最初,1919年に29機が輸入され「サ式2型」として制式採用された後,1921年に更に51機が輸入された時点で制式採用を「乙式1型」と改めた。1928年に八八式が偵察機として登場すると徐々に退役するも,満州事変を経て1933年頃まで使用され,その後は練習機として飛行学校に,また,新聞社等の民間会社にも払い下げられた。

機体の特徴としては,高出力のサルムソン9zラジアルエンジンとその前方のシャッター付きラジエターが挙げられる。その周りのアルミのカウリングも特徴と言える。また,尾翼は,水平・垂直共に全面可動翼となっており,当時,特に仏国では一般的な構造であったが,実際には時代遅れであり,同型機の更新型は戦後開発されることはなかった。


・全長:8.62m
・翼幅:11.77m
・最大重量:1500kg
・エンジン:Salmson 9z 固定式ラジアル9気筒260hp
・武装:前方ビッカース機銃×1,回転銃座ルイス機銃×2
・上昇限度:5,800m
・最高速:187km/h
・生産数:3800機(内乙型は約600機)1917年6月から1919年頃,乙型は1920年から1927年頃


キットについて
ウイングナット・ウイングズ

ウイングナットのキットが登場した頃よりも3割以上円安になり,割高感が強くなってしまった。


制作について  (制作2014年9月)
1920年代 東京砲兵造工廠製

前回はカットモデルに仕立たが,今回は時代考証に外れた献納機として愛国のロゴを入れてみた。献納のシステムは1937年頃から始まったものであり,この機体が製造されていたころにはまだなかったので,「愛国」のロゴをまとった乙式1型偵察機というのは歴史上存在しない。存在しないが,日本らしさと塗装ものっぺり感をカバーするにはこのロゴは手頃だ。確かに単調な外観が締まる。

完全に存在しないことが証明されている架空物になったしまったが,わかってやっているということでまぁよしとする。

 ギャラリー1

 ギャラリー2

 ギャラリー3

 ギャラリー4


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