フランス語は全く分からないので,人名等の日本語表記は正確ではない。また年代に関しては,初動時期や実用販売時期等の基準の違いでページ内の表記にばらつきがある。
1890年代末からエンジン研究・試作を行っていたフランスの発明家「ピエール・クレルジェ(Pierre Clerget)」は,技師の「ウージェン・ブロン(Eugene Blin)」と共に航空機用のエンジンの製造販売する会社を1913年に設立した。エンジンの多くは英国各社のエンジンメーカーで製造された。
1907年の7気筒ロータリーエンジン
グノームやローヌのシングル・プッシュロッド方式と異なり,クレルジェはツイン・ロッドのシステムだ。吸気はローヌと同様にクランク内部から銅パイプでシリンダーに送り込む方式だが,給気弁がシリンダー上部にあり,排気同様にプッシュロッドで作動する。しかし,OHCではなく,吸気用と排気用の両カムは,ローヌなどと同様にクランクケース前方内部に位置している。
このように,グノーム・ローヌエンジンがオーベル・ウーゼルによるライセンス生産で,ドイツ機やオーストリア機にも搭載されたのと異なり,クレルジェのエンジンは主に英国機に搭載されていた。一般に,工業技術の違いから,オーベル・ウーゼルのエンジンは精度が低く信頼性も低かったようだ。
ペーター・ヤコブスの搭乗機であるフォッカーDr.I は,元々搭載されていたオーベル・ウーゼルを,捕獲したキャメルからクレルジェに換装していたとされている。
ライセンス製造により多くの国とメーカで製造されたロータリー・エンジンは,第1次大戦で多く使われたが,その元になったのは,グノーム・ローヌ社とクレルジェの2社の数種のエンジンであったのだ。
グノーム・ローヌ・クレルジェ・オーベル=ウーゼル以外にもジーメンス=ハルスケやベントレーもローターリーエンジンとしては有名である。それらを含めた参考資料(洋書)として「The Rotary Aero Engine」を紹介しておく。データが大きいので2部に分割した。