アルゼンチン7  ベルナスコニ1 草原の中の村

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パンパというのはラ・プラタ川流域の大草原地帯だが,「県」の名前でもある。実際には草原地帯の西の果てというところにあり,「プロビンシア・デ・ラ・パンパ」という。日本語で言うと「パンパ県」となる。

「プラタ」とは「銀」,転じて「お金」という意味。"la"は英語の"the"と同じ定冠詞で,女性名詞に付く。男性名詞には"el"が付く。



そこは「ベルナスコニー」という村だった。パンパ県の東端,大草原の西端に位置する。人口は数百か千人位だろうか。町中が顔見知りという感じの村だ。




ここが村の中心。教習所のコースじゃない。土地が広大なアルゼンチンの田舎では,幹線道路は兎に角まっすぐに伸びる。

村や町は道路沿いにはなく,貨物列車の引込み線のように,幹線道路からゲートのようなものをくぐって,1km程の道がつけられ,その先に町や村がある。




「ベルナスコニー」へのゲートの写真があったのだけど,みあたらない。かなりの写真が紛失してしまっている。




20年以上前とはいえ,こんな車がまだ何台も現役で働いている。日本の趣味の車じゃない。




それらのクラシックカーに混じってこんなのも走っている。ここはどこなんだ...?




だだっ広く,ひらべったい村のはずれにはパンパで刈り取られた穀物が,トラックに積み込まれていた。




真冬にはまだ少々時間があったが,地べたに居るよりは幾らかでも暖かいのだろう。それとも単なる趣味か。




緯度が低くなったので,フエゴ島のような寒さではないが,雹(ひょう)が降ったこともあった。

町には小さなスーパーが一軒,「キヨスク」と呼ばれるタバコやが一軒,それにビリヤード台がある飲み屋が1軒,若者が遊べるにわか仕立てのディスコが1軒,そしてやはり小さなホテルが1軒あった。

何が気にいったのか,1983年の4月半ばから5月いっぱい,そして7月の後半の半月程の合計2ヶ月弱をこの村で過ごした。そこでの出来事は次回に話そう。



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