この時代のロータリーエンジンの変り種に,ジーメンス・ハルスケ社のエンジンがある。Sh-Iから発展したエンジンで,実用化された「Sh-3(Siemens Harusuke Sh-III)」という11気筒160hpのエンジンについて簡単に触れる。ちなみに,改良型のIIIaの出力は240hpであったとも言われている。
このエンジンのどこが変わっていたかというと,まず見た目だ。通常のロータリーエンジンは,シングルラジアルの7ないし9気筒で,一部はそれを2重にしたものもあったが,実用性は低かったようだ。次に,メカニズムが非常にユニークでドイツらしさを感じる。
プロペラは筐体(クランクケースやシリンダー)に固定されているので,プロペラと筐体は一緒に向かって左に廻る。この点は,他のロータリーエンジンと同じなのだが,クランクシャフトと筐体はリダクションギアを介して取り付けられ,これによりクランクシャフトは筐体とは逆の向かって右に回転し,それに取り付けられているカウンターバランサーとコンロッドやピストンのアッセンブリーも右に回転する。つまり,外から見える部分は全部左回転なのだが,内部は右回転している,という脳内補完が難しい状態で作動する。
「ハルスケSh.IIIは,プロペラと筐体(クランクケースやシリンダー)とが反対方向に廻る」と誤解され易い部分なので注意が必要だ。後部に取り付けられたリダクションギアの働きで,プロペラはエンジン回転数の半分の回転となる。つまり,クランクシャフト(やピストン)は1,800rpm辺りの最大出力で右回転すると時に,筐体とプロペラはその半分の900rpm辺りで左回転することになる。
では,何故このような常識外れな機構が採用されたかというと,次のような理由が考えられる。
まず,当時の一般的なロータリーエンジンの回転数は1200rpm前後であり,プロペラはエンジン本体と共に回転するので,プロペラ出力をあげようとすると,エンジン回転を上げるしかない。しかし,重いエンジン全体が廻るローターリーエンジンの場合,おのずと回転数には上限があった。そこで,プロペラや重い筐体の回転数を上げずに,エンジン回転を上げるために,クランクケースとプロペラの間にリダクションギアを入れることで,実に1800rpmまでプロペラ回転数を引き上げ,僅か11気筒で240馬力に至る高出力を得ることに成功したのである(下の写真はSh-I型でバルブロッドが1本のモノスパッペがベースになっている)
また,筐体とプロペラの回転数が下がることで,振動の軽減が期待される。これはメカニズムが複雑になる分,加工精度の問題に依存する部分もあったと思われる。
次に,プロペラは回転速度を上げていくとやがて失速し,効率が下がることが知られている。当時は計測によって確認されていたのか,経験則だったのかは不明だ。第2次大戦機のようなハイパワーなエンジンを搭載した機体のプロペラは,殆どが3翅か4翅である。これはダイス(直径)を短くすることで,プロペラ先端の失速を防ごうとうする方法にほかならない。つまり,直径が大きくなるほど,1回転で先端が動く距離が長くなり,高出力化により直径を大きくして行くと,先端の回転速度がいずれ音速に達するようになる。プロペラは音速に近づくと,殆ど失速状態になるので,宜しくない。それを防ぐには,エンジン回転数を落とすか,プロペラの直径を小さくして,先端が1回転で進む距離を短くするしかない。その分,ブレード数を多くして,ピッチを深くすることで効率良い飛行が可能になる。なお,第2次大戦前には,既に恒速ギア(可変ピッチ機構)が実用化していたので,飛行中のピッチコントロールが可能になっていた。
最後に,筐体と内部メカが逆転することで,反動トルクの打ち消し効果が期待できた。双方の重量が異なるので完全には打ち消せなかったであろうが,かなりの軽減は達成されたと考えられる。
高圧縮比による高回転・高出力と,リダクションギアによる高トルク低回転と大径プロペラの組み合わせで,上昇力と高高度での性能が評価されたが,前線に投入されたのは終戦近くになってからであり,かつ,複雑な機構を持つエンジンゆえにトラブル少なくなく,大きく活躍するには至らなかった。
このエンジンはジーメンス・シュッケルD.3/4(Siemens・schuckert D.III, D.IV),ファルツD8(Pfaltz D.VIII),あるいはファルツDr.1(Pfaltz Dr.I)やアルバトロスD11(Albatros D.XI)などがある。アルバトロス社ではずっと水冷6気筒のベンツエンジンを採用していたが,終戦近くになってこのアルバトロスが,D.11で初めて採用した空冷ロータリーエンジンがこのハルスケSh3であった。
グノーム・ローヌ・クレルジェ・オーベル=ウーゼル以外にもジーメンス=ハルスケやベントレーもローターリーエンジンとしては有名である。それらを含めた参考資料(洋書)として「The Rotary Aero Engine/The Trustees of the Science Museum 1987/HMSO BOOKS出版(ISBN:0-11-290452-1)£5.95」を紹介しておく。著作権の関係で表紙と目次のみの表示に変更。