発火弾と炸裂弾



飛行船による最初の英国本土空襲は1915年1月19日のことであった。ペーター・シュトラッサー(Peter Strasser)は,戦争での効果的な戦法のひとつは,相手に恐怖心を抱かせること,そのひとつとして,戦線ではなく,町で暮らす民間人を攻撃することだという考えを持っていた。シュトラッサー司令官が指揮するツェッペリン飛行船軍団が英国本土空襲を行うようになると,彼の目論見通り,長距離戦略爆撃に英国は震え上がった。


1次大戦中にドイツが建造したツェッペリン飛行船の総数は119隻であった。1915年に27回,翌年には111回の英国空襲が行われ,大戦中177回実施された。硫酸弾による高射砲火を避けるため,4000mの高々度から侵入する飛行船に対し,英国軍は,BE2c(複座の後ろが操縦席)で防空に当たるが,上昇限度が3000m程度であったため,上向き機銃を取り付け防戦に当たった。この機体は,運動性が低い反面,低速でも非常に安定した飛行が可能で,速力の遅い飛行船の腹にピッタリと着いて銃撃することも可能であった。空襲は徐々に夜間に行われるようになり,英国軍パイロット達は,夜間飛行訓練を受け応戦にあたったものの,パイロットの戦死者の半数以上は着陸の失敗によるものだったという。


当時搭載されていたマシンガンには,0.303インチの7B型メタルジャケット弾丸(通常弾)が使われていたが,通常弾だと飛行船の金属外皮と内部の布や皮の気嚢を貫通するだけで,爆破は言うまでもなく,飛行(浮上)を妨げるだけの孔を開けることさえ出来なかった。

そこで,対応出来る銃弾の開発が始まった。自動車製造業を営んでいたジェームス・バッキンガムが,バッキンガム式発火弾丸を開発する。これは,弾丸部を中空にし,側面に孔を1個開けて,その中にリンを詰めハンダで孔を塞ぐというものだった。弾丸が発射されると,銃身を進む間の摩擦熱で孔を塞いでいたハンダが溶け,リンに着火する。これで小さな炎をまとった弾丸を標的まで到達させられるようになった。

しかし,この発火弾が飛行船に命中し,バルーン内の水素が充填された空間を通過しても相変わらず反対側から貫通してしまうだけで,爆発も発火さえも起こらなかった。考えてみれば簡単な話だ。水素は非常に燃えやすい物質ではあるが,燃えるためには酸素が不可欠だからだ。純粋な水素が充填された空間では水素は燃えないのだ。そこで,更なる工夫が凝らされるようになった。

酸素を取り込む為に,炸裂弾を使うという案だ。今度は中空の弾丸の先端部にニトログリセリンを詰め,その後ろに鉄球を入れ込む。すると弾丸が標的にぶつかった時点で減速し,後部の鉄球が慣性で前方に移動し,ニトログリセリンに衝撃を与え,爆発を起こす。が,その爆発ではやはり飛行船の水素には着火しない。しかし,通常弾よりも大きな穴をバルーンの外被に開けることが可能になり,発火させるに十分な酸素が取り込まれたのである。この炸裂弾と先の発火弾を交互に撃ち込むことで,バルーン内の水素に着火させるという作戦が立てられ,弾倉に炸裂弾と発火弾を交互にセットして使用することを計画した。






1916年9月2日23時,北海から襲来した16隻のツェッペリン飛行軍団がロンドン上空に到達,まだ20歳のW・L・ロビンソン(William Leefe Robinson)が,この弾倉を3個携え,BE2cで迎撃に飛び立った。ちなみに,地上からは高角砲による硫酸弾での迎撃が行われていた。彼は,これが2度目の飛行船迎撃だった。何度かの攻撃のあと,弾倉は最後の1個となった。一計を案じた彼は,これまでとは攻撃方法を変え,ツェッペリンの腹側に着き,尾部を集中して攻撃した。これが功を奏して,遂に撃墜に至った。燃え落ちるツェッペリンを,ロンドン市民は,彼はこの功績によってビクトリア十字章を授与されたが,2年後の終戦翌月にスペイン風邪によって死亡。女子供も老人も小躍りして喜んだという。彼が一晩にして英国一有名な人物となったことは言うまでもない。



ロビンソンが最初のツェッペリンを撃墜したほぼ1ヶ月後の1916年10月1日深夜のことであった。史上初の首都ロンドン空襲が決行された。ハインリッヒ・マッシー船長の指揮するLZ31型飛行船がロンドン郊外に到達した時,ワフスタン・テンペスト中尉がBE2cに先の「飛行船専用弾」を携え迎撃に向かう。この時には,飛行船団のうち2隻がこの専用弾で撃墜された。ドイツはこの空襲の後,飛行船による英国本土空襲を断念する。動きが鈍く,空中戦ではほぼ無力な飛行船は武器としての存在感は薄れ,ゴータ等の大型爆撃機の時代が訪れる。



飛行船部隊の司令官であったシュトラッサーは,ドイツの敗戦がほぼ明らかとなっていた1918年8月5日,ツェッペリンL70でボストン空襲に向かったが,英国を見ることなく北海上空で墜死する。