1906年~1910年頃の飛行機
1906年~1910年頃の飛行機
1906年になると,1903年に航空機会社を共同経営していたヴォアザンとブレリオは,個別にドーバー海峡横断競争を目指すことになり,袂を分かつことになる。決別後はブレリオは牽引式の機体の開発に力を入れ,ヴォアザンは兄弟だけでフランス初の航空機会社である「ヴォワザン兄弟飛行機会社」を設立し,推進式の機体の開発にあたった。
翌1907年にドラグランジュ(Delagrange)の依頼で,「ドラグランジュ No.1」をヴォアザンは制作する。(上の写真) 「ドラグランジュ No.2」になってようやく,ヨーロッパでは初めて1kmを越える距離を飛行が記録された。(下の写真)
同じく1907年にはフランスのエスノー・ペルトリ(Robert Esnault-Pelterie)がエルロンを考案,30馬力の空冷7気筒牽引式飛行機に組込み,100mを飛行している。この「REP.1」が操縦桿方式下での最初の飛行機と言われている。(下の写真) 彼は,後年,弾道ミサイルや惑星間ロケットなどのアイデアの実現を推進するなど,多岐の分野に渡る発明家として名高い。このエルロンは,電話の発明で有名なグレアム(=グラハム)・ベルが主導していた航空実験協会(AEA)でも同時期に考案されている。
余談だが,ヘレンケラーの家庭教師であるサリバンを紹介したのも,このベルだったらしい。歴史に疎い俺は,ベルが航空機開発に携わっていたこともこの年まで知らなかった...が,X1や速度記録で有名なX15,P39エアコブラで有名なベル・エアクラフト社とは関係がない。
1908年に改良型の「REP.2」は。高度30mで1200mを飛行する記録を作った。ライト兄弟のフライヤー1は確かに人類初の有人動力飛行機であったが,現在の飛行機(固定翼機)の特徴を兼ね備えるようになったのは,この機体が最初といっても良いだろう。下の写真の通り,現在のホームビルド機と見まがうほどに,この時代にそぐわないオーパーツ的なまでに,洗練されたデザインになっている。
1908年のアメリカでは,ウィルバー・ライトが自ら操縦するライトフライヤーB型が,ライトが操縦者以外を同乗させ,4kmの距離を飛行している。また彼は同年,1時間以上の飛行記録を樹立しているが,数ヶ月のうちに飛行高度100m以上,飛行時間も2時間以上へと自己の記録を延ばしている。これだけをみても航空機は爆発するように進化して行ったことがわかる。この年にアメリカ陸軍が軍用として航空機の導入を決定するが,それがこのTypeBという機体であった。また,動力機としても軍用機としても,最初の死亡事故が起きたのがこの年で,それもこの機体によるものだった。アメリカの航空史にあっては,このライトのタイプBという機体は,マイルストーン的存在である。(下の写真) この年にはグレン・カーチス (Glenn Curtiss)が飛行機を製作し,航空機界に参入している。
一方,フランスでは既に前年の1907年に,ヴォアザン兄弟社の機体を使って,アンリ・ファルマン(Henri Farman)がヨーロッパ飛行距離記録を樹立していた。1908年彼は,27kmの距離を20分という時間で飛行しているが,速度に換算すると実に時速80kmにもなる。更にこの年,彼もヨーロッパで初めて乗客を乗せて飛行している。下の写真は1908年年頭に行われたドイツ航空カップで優勝した操縦者のファルマンとヴォアザンが制作した機体。奇しくもこの年には,有名なツェペリン飛行船 LZ IVの炎上事故が起こっている。
下の写真は1919年に作られた上記のレプリカで,1907年にヴォアザンから購入した機体に,ファルマンはすぐに改造を施し,その機体は「ヴォアザン・ファルマン I」もしくは「ファルマン I」と呼ばれた。また,弟のモーリスと共に「ファルマン航空機製造」会社を設立したのもこの年で,翌1909年からは自社での設計・製造を開始したが,当初は上記のようなヴォアザンのライセンス機のようなものだったらしい。彼らの会社設立は,後のフランス航空宇宙産業の礎となる重要な出来事であった。ファルマン兄弟による設計の航空機は,実に200種を越えている。
ジョン・ムーア・ブラバゾン(John Moore-Brabazon)は,1909年に英国国内での最初の飛行者となったが,やはりヴォアザン機を使っていた。(下の写真) 同年ブラバゾンは,1908年にユースタス(Eustace)とオズワルド(Oswald)・ショート(Short)兄弟によって創設されていたショートブラザーズ社(Short Brothers plc)の機体でも飛行に成功した。話は逸れるが,その時に,彼は子豚をカゴに入れ,機体に縛り付けて飛んでいる。これは豚でも空を飛べるのだという意味で行ったと言われている。勿論,羽のない哺乳類が動物が空を飛んだのはこの時が初めてになる。ショート社はその後の英国の軍用機メーカーの要のひとつとなって行く。
実は,当時,英国では現実にはありえないことを表現する時に,"when pigs fly 「豚が飛んだらね」" というような慣用表現が使われていたそうで,航空機界にあって遅れを取っていた英国が汚名を返上し,その言葉を切り返す意味があったと言われている。そう,宮崎アニメファンにはおなじみの「飛べない豚はただの豚だ」というポルコの言葉や,ポルコがなぜ豚のキャラクターであるかという理由もこのあたりにありそうだ。ブラバゾンは後に英国空軍参謀や,民間機のブリストル・ブラバゾン旅客機などを開発するなど,英国の航空界に多大なる功績を残している。
1909年の7月ついにその時が来た。1906年にヴォアザンと決別したルイ・ブレリオ(Louis Bleriot)は,レイモン・ソルニエ(Raymond Saulnier)とブレリオ11(Bleriot.XI)を設計・制作,初のドーバー海峡横断に成功する。(下の写真) この功績により機体は売れ,大いに儲けたブレリオは,1914年になるとSPAD社を買収,1921年にはSPADを含めた「ブレリオ航空機」を設立し戦後は民間機も製造するようになる。
ヴォアザンの機体を購入し研究を始めたアンリ・ファルマン(Henri Farman)は,弟のモーリス・ファルマン(Maurice Farman)と兄弟でファルマン航空社を設立し,独自に航空機の開発を始め,1909年に推進式の航空機ファルマン3(Farman.III)を開発,130機が製造され,その半数以上が輸出された。 1909年末には,ドイツのヴァルター・フート(Walter Huth)が設立したアルバトロス・フルークツォイクヴェルケ社(Albatros Flugzeugwerke GmbH)などでもファルマン3のライセンス製造が行われた。
尚,アルバトロス社にはエルンスト・ハインケル(Ernst Heinkel)も在籍していたが,彼はアルバトロス社を去った後にハンザ・ブランデンブルク社 (Hansa-Brandenburg) を経て,1922年にハインケル航空機製造会社(Heinkel Flugzeugwerkeを創立する。一方で,アルバトロス社は1931年にはフォッケウルフ社に買収される。
ファルマン3は日本にも輸入されており,「アンリ・ファルマン複葉機」と呼ばれることがる。1910年に陸軍の徳川好敏大尉が日本で初めての飛行を行った動力飛行機とされている。一方で,陸軍の日野熊蔵大尉もほぼ同時期に,ドイツのハンス・グラーデ(Hans・Grade)設計の単葉機グラーデ2リベレ(Grade 2 Libelle)で飛行している。(上の写真はファルマン3,下の写真はリベレ)
このように,世界初の動力機による有人飛行の誉れはアメリカが手にしたものの,それより後は航空機の発展の舞台は,後発のヨーロッパ勢に,特にフランスへと移っていった。第1次大戦前夜にもあたる時期にあって,ヨーロッパ大陸とは離れたアメリカにとっては,軍部でも早急な航空機開発と導入の必要がなく,のんびりと構えていたせいもあろう。フランスはその気質から栄誉を手にする為に,賢明に世界一を追い求めて行った結果なのかも知れない。「2位ではダメなんですか?」はい,技術の世界というのは,トップでないとダメなんですよ。99点は0点と同じ,2位はドンベと同じなんです。
ここまで調べるのに結構な時間と体力を要した。以前ジェーン年鑑を持っていたが,紛失してしまったので,断片的な情報をまとめた感じがここまでの記述と写真になる。その際,英語サイトなどを自分で訳してまとめ,補完した部分も多い上に,世界史には全く詳しくはないので,記述内容に間違いがあるかも知れない。もし致命的な間違いを発見された人が居たら是非ともBBSから知らせて頂きたい。
子供の頃から複葉機にも興味津々で,レベルの1/72の複葉機シリーズはすべて制作している。しかし当時からつい最近までは,飛行機の黎明期から揺籃期に当たるこのページで扱っている年代の航空機にはあまり興味がなく,専ら確立期 や発展期に当たる1次大戦開戦直前から終戦直後辺りのいわゆる「複葉機(三葉も含め)」にしか興味が向かなかった。
プラモデルでもこの時代のキットは少なく,有名な機体に限ってはたまにレジンのガレージキットを見かけることがある程度だ。今のところその気はないが,いずれは1/72以下の小さなスケールで黎明期の飛行機を並べてみるのも面白いかも知れない。模型としての制作するには,1次大戦機よりも更に難易度が高そうだが。
写真を多数含む関連秀逸サイトへのリンク(Wikipedia関連は含まず)
「翼を夢見た男達」(表記:日本語) 恐らく国内で最も詳しいライト兄弟に関するサイト。リンクはライト兄弟前後の設計者達に関する記事へ
(ライト記事へはジャンプ先ページ右下「ライト兄弟の秘密トップ」から)
”Virtual Aircraft Museum” 全期に渡る各国のメーカー別機体紹介
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